山の話。 NO、1

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    「孤高の人」 新田次郎
    昭和初期の日本登山界に不滅の足跡を遺した登山家の小説です。
    彼は不世出の登山家で、日本の登山家を山にたとえるとすれば富士山に相当するのが加藤文太郎です。
    いつも単独行動の彼が無謀な計画に引きずられ、厳冬の北アルプス北鎌尾根で消息を断ってしまったのです。
    この小説との出会いが私の人生に大きな影響を与えました。

    27年前になりますが、バイクで日本中を旅している時の話になります。
    その日は、能登半島・富山・糸井そして信州白馬に到着。
    真夜中になんとか着き、道端にテントも張らずそのまま寝袋でゴロリ。
    握り飯を食べながらまわりの様子をうかがいます。
    虫の音だけが聞こえる静かな道端でした。
    その日は星空がとてもきれいで、白馬岳がクログロと高くそびえ立っていました。
    寝ながら白馬岳の稜線を見ていると山小屋の灯りが見えたのです。
    とても不思議な光景であんなところに山小屋と思いながらずぅ〜と灯りを眺めていました。
    真夜中ですが山の存在感の大きいこと!
    朝になって山との御対面が楽しみで意味もなく興奮していました。

    朝、太陽が容赦なく眠い顔を照らします。
    たまらず起き上がるとそこは田んぼ。
    目の前で農家の方が朝から野良仕事です。
    私を見て笑っていたので、私も照れ笑いで返します。
    そして、白馬岳・・・すごい!
    白い雪をのせて遠くに雄大にそびえ立っていました。
    そして、今日の準備です。
    白馬岳を見ながらご飯炊き、今日一日の食糧となる握り飯を作るのです。
    お金がないので、朝作った握り飯だけが今日の食べ物です。

    バイクにまたがり、白馬岳の登山道まで走らせます。
    登山道の入り口にバイクを止めて山道を歩くと小屋があります。
    そこにはたくさんの登山客が準備をしていましたが、
    私の格好をみんな不思議そうに見ていました。
    また登山道を登って行くとそこは雪景色です。(不思議?)
    この季節に山の谷から頂上まで真っ白な雪渓。
    空気はひんやりと冷たい、気持ちいい〜!
    白馬の大雪渓は万年雪で真夏でも消えません。
    当時は、この大自然の大きさと不思議にビックリ!
    この白馬岳が、のちに私にたくさんの出会いを与えてくれます。

     (続きは、超〜暇な時に書きます)


    とらひげ

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      • 2019.09.28 Saturday
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      • 00:55
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      コメント
      人にそれぞれ歴史有り・・・ですね。
      そんな自分を文字にして表現できること自体、自分の気づきになる気がします。

      ゴールデンカップスもワイルドワンズと違って、ミッちゃんらしい気がしますが、とらひげさんのハングリーな若き日の旅は、とらひげさんそのものでしょうか?^^

      孤高の人は読んでいませんが、「空気はひんやりと冷たい、気持ちいい〜!」という一言が印象に残りました。
      私も大阪平野の海岸沿いで育ち、山育ちではありません。中学校の夏の林間学校での朝の空気、また高校の修学旅行の長野の白樺林、それらは私にとって「気持ちいい〜!」と全く同様なものだと蘇りましたね。

      3年前に37年ぶりに同窓会がありまして、その直後私は、いろんな当時の楽曲をかき集め、横浜で一人聞いているとなぜか涙がいっぱい溢れて、それも泣きじゃくるかのように泣いている自分がいました。「何でやろ?」とつくづく思いましたね。でもそれは自分の触れてはいけない部分かもしれないけど、きっと触れたい自分の過去中で、自然と涙していたのだと・・・そんな中に、かつての自分を、故郷ではない地で、子供ではない大人の今なのに、見事に子供に回帰している自分がいたように思っています。

      その証に、かつての楽曲は「一人で聴くもの」・・・と。
      なぜなら、また皆が集まったときにかつての楽曲を皆と聴いても、なぜか涙は出てこないのです。^^;
      大人って・・・変ですね^^

      小椋圭さんの「木戸をあけて」これは今聞いても、泣けてきます。
      ただし、一人でいるとき・・・だけ^^

      ピミエンタさんの楽曲を聴いて、泣ける自分と出逢いたい気がしました^^
      オコゼさん、小椋圭さん好きなんですか、すごい!

      私も大ファンです!

      「木戸をあけて」は、小椋圭さんが若い頃に家出をした時の思いを歌にしたんですよね・・・たしか?

      「砂漠の少年」「盆帰り」「飛べない蝙蝠」「時」「めまい」「しおさいの詩」「春の雨はやさしいはずなのに」「六月の雨」「「少しは私に愛をください」「大いなる旅路」その他たくさんの名曲。

      小椋圭さんの歌だけはいつも一人で聞きます。
      なにか特別な思いがあるので、他の人に干渉されたくないのです。
      私の心の中で、本当に大切にしておきたい歌ばかりです。
      だから私が小椋圭ファンだと知っている人は誰もいません。
      オコゼさんが「木戸をあけて」を聞いて涙する気持ちわかります。
      他の人には理解できないでしょうね。
      私は、この風貌ですので笑われそうです。。。

      でもよかった、おなじ気持で聞いている人がいて。
      苦しい時代にどれだけ助けられたかわかりません。
      特別な歌ばかりです、自分の心を映したような・・・。
      こんな事を書くこと事態が理解されないでしょうね・・・。
      私が老人になっても、小椋圭さんの歌を聞けば若い頃の思い出がよみがえるとことでしょう。
      歯が浮くような言葉ばかり並べてしまい、すいませんでした。
      • とらひげ
      • 2009/06/28 6:19 PM
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